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2010年6月

【映画】ダイアリー・オブ・ザ・デッド

Gyaoにて。
やっぱりロメロはいいっすよ~heart04

今や情報を伝えるのはブロガーやハッカーや子供
ネットワークが崩壊した今
情報源は一般人となり
嘘の数も増加
情報とともにますます主観が増え
真実はさらに見えなくなる
残るのは騒々しさばかり

これは作中の女性主人公のモノローグですが、この作品は2008年の作品ということもあり、昨今の既存メディアへの不信と、それに相乗するように増大していくネットワーク経由の情報については考えさせられます。
内容としては、フィクションという体裁をとったノンフィクション(フェイク・フィクション)で、ゾンビの爆発的な増加に翻弄される一般人という、既存の作品とほとんど変わらないストーリーだと思われます。
その王道のパターンに何を入れ込んでいくかというところが、時代時代で違うので、そこのあたりも考えて過去の作品も見てみると面白いのではないかと思います。
ちなみにこの「ダイアリー・オブ・ザ・デッド」、作中のニュースの音声にスティーブン・キングやタランティーノも参加しているようです。私はわかりませんでしたが……。

ゾンビ映画というのは、一種のパニック映画なんだと私は思います。
パニック映画は群像劇であることも多く、そういうところも個人的には魅力です。
いざというときにどんな人間がどのように振る舞うのか――最初から最後まで立派な人もいれば、最初から尊敬できないまま死ぬときまでみっともなく迷惑なのもいる。高潔の士だと思っていたら土壇場でお粗末な性根が晒されたり、ダメなヤツだと思っていたら見事な最期を見せてくれたり。
自分だったらどうなんだろうと、いつも考えながら見ています。
でも、パニック映画というのは、基本的に「人類に対してのNO」を肯定してるわけじゃないんですよね。批判しつつも、救いもあると、そういう姿勢が必ずある。
それはパニック映画に限らず、いろんな物語は大抵そうだし、小説であれ映画であれマンガであれアニメであれ、制作者はそうであるべきじゃないでしょうか。

で、ゾンビ映画=パニック映画説ですが、ゾンビ化も咬傷による感染ぽいですし、これをウイルスに置き換えたら、「アウトブレイク」とそこまで変わらないじゃないですか。
しかし、そういう作品と決定的に違うのは、ウイルス・パニック映画が大抵はなんとか治療法を発見し、事態が収束を迎える明るい結末が多いのに対して、ゾンビ映画のほうは、被害は増大する一方で、悲劇的な結末しかあり得ないことです。
それは、死んでいるが故に完治はありえないから、でしょう。

「ナイト・オブ・リビングデッド」でゾンビ映画監督として一躍有名になったジョージ・A・ロメロ監督ですが、実はこのゾンビはSF作家リチャード・マシスンの「地球最後の男」の1シーンにイメージを借りたものだったらしいのです。
つまり、ゾンビ映画(リアルでのゾンビは完全別ものですが)の原点はSFにあり!
シチュエーションみると、まさにゾンビ映画そのものですね。こちらは吸血鬼ネタらしいのですが、吸血鬼に噛まれると吸血鬼化する現象をウイルス原因と仮定した物語らいしです。
ここで一般的な吸血鬼とゾンビ映画におけるゾンビを比較してみると、吸血鬼は弱点が多いので、なかなか増えにくい。しかし、ゾンビの場合は、脳味噌ほぼ停止状態なので頭は悪いのと、動きが鈍いことを覗けば弱点はありません。弱点といっても弱点らしい弱点でもありませんし、いわば最凶です。
これではゾンビ映画にハッピーエンドなど訪れるわけがない。勝てるわけがないのだから。
だからといって、弱点のあるゾンビを退治して、人類が復興するというのも、なんだか無理がある気がします。

やっぱりゾンビ映画はこういうオチしかないのかしら?



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【映画】グリーン・ゾーン

過日、映画館にて。

思っていたより期待ハズレ。
アクションシーンはよかったので、金返せというほど悪くはないんだけど、話が薄い。薄すぎる。
人物造形が薄っぺらくて、ドラマにならない。

このボーンシリーズで名をはせたポール・グリーングラス監督というのは、本当にアクション撮るのは上手いんですよ。
でもそれだけ。
ボーン・シリーズは原作付だったから、ストーリー的にも人物造形的にも別に問題は感じなかった。
この作品は、原案はいても原作じゃない。そこが問題だったんじゃないかなあ。
2時間近い上映時間の間、ずっと主人公のミラー上級准尉を見てることになるんだけど、彼がどういう人なのか、どうにもわからなかった。
他の人物もそう。
ネタはいいんだけど、もっとサスペンスやドラマとしての奥行きが欲しかったし、やりようによっては出せるはずだと思った。
もうこの監督、原作付き以外の作品は撮ったらいかんよ。

それからもう一つ思ったことがある。
ストーリー自体はとてもシリアスで、おまけにアクション、つまり暴力は容赦ない。
アクションてのは、暴力なんですよ。
それをドシリアスでやられると、平和ボケした日本人としては辛い。
普通のアクション映画というのは、アクションの中にも結構笑えるシーンも多いんですよね。それはやっぱり、シーンが暴力一辺倒になっちゃうと後味が悪くなってしまうからなんじゃなかろうか。その暴力に理由や意味があるんなら話はまた別ですが。
アクション=暴力であるということを、この映画によって再確認させられた。

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【映画】ブラブラバンバン

Gyaoにて。

要は、主役をやった安良城紅という女の子を売り出さんがためのプロジェクトですね。
音楽で青春ものなら、やはり「スウィング・ガールズ」のほうがまとまってたし、全体的によかった。あれと比べられると辛いものがあるかもしれないけどさ。

この安良城さんという人はもともと歌手の方らしく、リズム感もあるし、歌も上手いし(劇中で歌うシーンがある)、スタイルもいい。
んだけど、髪の毛茶色すぎる。ケバすぎる。
いい音楽の演奏を聴くと、エッチな気分になって、無意識のうちにとんでもない破廉恥な行動を起こしてしまう。けど、すごく音楽が好きで好きで……っていう女の子の役なんですが、いくら美人でもケバいねーちゃんがそれやってもつまんないわけですよ。
清楚とか堅そうとか、そういうことしそうにない人がやるから、こういうネタは面白いんでしょーが。
例えば、本仮屋ユイカとか石原さとみとかさあ。
そういうギャップ的なものもあれだけど、こういう役は、もっと演技力の確かな人でないとつまらん。

ただ、脇役の高校生の子でいいなあと思う子はいた。
ブラスバンドの部長役の足立理くんという男の子と、ボーイフレンドを獲られるんじゃないかと主人公の女の子を目の敵にしてる女の子役の近野成美さんという子。
この2人は演技がよかった。特に近野さんはポニーテールも似合ってて顔もかわいかったんだけど、ちょっといじっぱりな女の子のかわいさというのがよく出せてよかった。
あと、イヤミな合唱部顧問の先生の役でさとう珠緒が出てたんだけど、案外演技上手かったです。始めて見たので少し驚いた。

たぶん、原作は面白いんじゃないかなあ。
ネタとしては悪くないので。


 

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